新潟県十日町市議会議員 庭野茂美(しげみ)の公式サイト

災害報告

 この度(平成23年7月28日から)の豪雨により、甚大な被害が出ている新潟県十日町市ですが、特に被害が大きかった川原町周辺の今朝(7月31日)現在の被害状況を、以下画像のご報告いたします。


■これは30日午前5時17分頃の一番ひどかったと思われる、十日町市川原町(晒川)の様子。


■30日14時17分から開始された重機による愛宕橋の流木と土砂の撤去作業でしたが、18時44分にようやく晒川の流れが本来の川筋に戻された瞬間の様子です。

以下は31日早朝の画像で、最初の画像は大きな被害の原因(上流から流れて来た流木が詰まった)となった愛宕橋の来迎寺山門方向の様子。




■田川橋の上の状態ですが31日朝現在、ご覧のように土砂が堆積している状況で交通止めになっています。


■田川橋の中央から十日町中学校の方向を撮影したものですが、手前の建物は大きく傾き、後方の護岸は大きく削り取られ、数件の住宅の基礎部分まで(護岸の)崩落が確認されます(左岸及び上流にも同様な状態の住宅があります)。


■田川橋から撮影した川原町の様子。


■川原町から上川町方向を撮影したものですが、上川町のほとんどの住宅が床下、床上浸水の被害を受けました。


■野上食鳥と大島医院の間の様子(まっすぐ行くとJR十日町駅に突き当たります)。

■国の災害救助法が適用になる豪雪災害となり、雪に関するご相談が大変多く寄せられています。

学校町(諏訪神社東側斜面)の緊急除雪が行われました。
学校町(諏訪神社東側) 2011.02.02
■当初は重機や人夫不足から「今週末から来週初め頃に着手」とのことでしたが、再三の申し入れのお陰で、本日早朝より除雪が行われましたが、除雪前はご覧のように、いつなだれが起きても不思議でない大きな雪庇が出来ていました。

学校町(諏訪神社東側斜面排雪前の様子) 2011.02.02
■この画像は昨日と同じ角度から撮影したものですが久しぶりの晴天となり、青空をバックにして、雪庇(せっぴ)が人家に迫る様子がよりお分かりいただけると思います。
※手前は一部除雪(雪屁処理)が終わっています。

学校町(諏訪神社東側斜面)雪屁落とし 2011.02.02
■今日は気温も上昇し市内各所でなだれが発生しており、まさに危機一髪のタイミングで除雪が着手されました。
※上の画像は諏訪町の宮本公園側から始めた雪庇落としの様子です。

学校町(諏訪神社東側)市道 2011.02.02
■最後はブルトーザーで道路上の大量の雪を排雪して作業終了となりました。
同地点は今後も降雪の度になだれ発生の危険が続きますので、警戒と共に早め早めの指示を行って参ります。

2007年7月16日午前10時13分、参院選挙の用事から自宅玄関を一歩入った瞬間に凄まじい揺れ「平成19年新潟県中越沖地震(震度6強)」が発生。3年前の中越大震災の復興もままならない当地を再び大地震が襲いました。発生後、直ちに十日町市街地それぞれの一時避難所を回った後、市役所で市内の被害状況の確認を行い、夕方までに「一部の地区で断水(夕方までに復旧見込み)」とのことを確認後、大きな被害が出た柏崎市に、70人分の食事(炊き込みご飯)を持って取り急ぎ出発しました。以下、中越沖地震の被害状況を画像にてご報告致します。
私の地区の一時避難所の十日町高校に避難した近所の人達です。「災害は忘れないうちにやって来た・・・」という恐怖から不安な表情となっています。 地震発生直後の十日町市役所3階(教育委員会)です。スチールや机などが横転し、後片付けと共に市内の被害状況の確認に大忙しです。
柏崎市東本町交差点付近の様子です。高校時代の3年間、毎朝この前を自転車で通っていました。

毎年6月に「閻魔市」で賑わう「えんま通り商店街」ですが、特にここの商店街の被害が大きかったように思われました。
ここはえんま通り商店街に隣接している町内で、えんま市では金魚などが売られるブロックです。この付近にテレビクルーが集中していました。 ここも閻魔堂(市役所)のすぐ近くの小路です。このような倒壊家屋のほとんどが瓦屋根のようでした。

十日町から取り急ぎ持って行ったホカホカの炊き込みご飯を配膳してもらっているところです(柏崎市東本町地内)。 地震発生から数日後になると柏崎市街地への一般車輌の進入が規制されたことから、バイクで出掛けてのお手伝いをさせていただきました。 柏崎市西山の参議院議員・田中直紀先生の自宅前の様子です。近所の塀が崩れ、道路も亀裂が入っています

発生日に炊き込みご飯をお届けした柏崎市東本町地内に自衛隊の炊き出し拠点が出来ました(7月下旬より)。
大きく被害を受けたえんま通り商店街
大きく被害を受けたえんま通り商店街

2005年の12月11日の20センチの積雪(以下いずれも市街地の数値)に始まり、大晦日には200センチを超えて12月としては20年振りという豪雪になりました。さらに新年の1月3日から再び強い寒気の影響を受けて6日には3メートルの積雪となり災害救助法の適用となりました。既に雪の捨て場が無く、家屋倒壊も発生するなど、ダンプによる至急の除排雪が必要となっています(2006年1月7日記)。
ガスや灯油の配達の前は、どこも除雪してからの取り替え・給油が必要です(自宅裏) 屋根から道路に雪が下ろされた直後は通行止めとなります(加賀糸屋町) まさに命がけで、大きくせり出したせっぴの除去作業中(本町2)

車上の雪を退けても手前に膨大な量の雪があって動きません(袋町東) 流雪溝の割り当て時間に町内総出で除雪中(泉町) 屋根から下ろされた雪を即座に流雪溝へ排雪(本町2)

大震災、豪雨災害、豪雪と災害続きです(市役所1F) 路肩付近にたまった雪をロータリーとダンプで除排雪中(寿町1) 天から降ってくる雪だけなら、この消雪パイプが一番威力を発揮します(袋町中)

1階が埋まってしまい、次の雪下ろしのための機械除雪中(袋町中) 豪雪の中でも安全歩行が出来るアーケード内(自宅前・高田町1)
2004年10月23日17:56分の第1回目の地震に始まり、震度6以上の大きな余震が続いたことから十日町市、小千谷市、川口町を中心に甚大な被害をもたらしました。一時はこれら被災市町村で10万人以上の住民が、倒壊の危険を逃れるために自宅から避難し、寒く不自由な生活を送っております。十日町市の状況を画像にて報告します。
自宅店舗の内部 水道管が破損し商品を濡らしてしまいました。 自宅前の石彫モニュメントが倒れ、大光銀行の警報が一晩中鳴り響いていました。 地震直後から停電となり、町全体が暗闇に包まれま(24日午後復旧)した。

私はこの商工会議所1Fで地震に遭いました。建物は取り壊しとなりそうです。 自宅裏の豆腐店作業所が大きな音を立てて倒壊してしまいました。 地震発生翌朝7時より給水が(十日町高校グランド)始まりました。

余震が続くため、自宅前のアーケードが我が家の食堂兼居間でした。 市役所のカウンターが全国からのありがたい救援物資の供給所となりました。 県内各地からの応援救急車。

余震の合間を縫って家の後片付けで出たゴミを搬入する車列
湯沢温泉旅館組合様による入浴送迎も行なわれました。
自宅前の呉服店の改修作業

10月30日 筒井、城島衆議院議員をご案内し市内を慰問 頻繁に出現した地震雲 市営プールに付近の自衛隊キャンプ地

2004年7月13日に発生した豪雨(堤防決壊)により甚大被害を受けた中之島町の復旧ボランティアに行って参りました。その模様をお伝え致します。
(7月19日中之島町大字中之島地区にて)
ボランティア受付所 災害復旧資材調達所(すべて無料でした)
ボランティアに向かう途中の光景です
(ダンプは自衛隊)
お手伝いしたNさん宅
Nさん宅で床下の泥水を汲み上げました 堤防決壊から6日経っても
まだまだ復旧は進んでいません
町の随所でこのような状態です
(ここは道なのですが・・・)
片付けのお手伝いをしたNさん宅裏です
私のボランティアチームの皆さんです
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