< 庭野茂美一般質問>平成21年12月8日
お忙しい中にもかかわらず大勢の傍聴の皆様よりお越しいただきましたこと、まずもって御礼申し上げます。
それでは十日町小学校の全面改築と県立小出養護学校ふれあいの丘分校の併設について、通告に基づき質問いたします。
この度の質問にあたりましては、前置き部分がかなり長くなりますが、本質問の根幹にかかわる、また、今後の目指す市政や市教育行政の本質にかかわる、極めて重要な内容であると認識しておりますので、あえて確認させていただきたい旨を冒頭申し上げまして、まずは十日町小学校の改築問題及び、ふれあいの丘分校との併設に関する、これまでの経緯から述べさせていただきたいと思います。
十日町小学校は、昭和36、37年の2カ年をかけて、市内でもいち早く鉄筋コンクリート建築による校舎として完成した学校ですので、すでに築後47年を経過し、老朽化が著しく進行しております。
平成6年、旧十日町市議会に全面改築の請願があり、その年の6月議会で採択された経緯があります。
しかしながら、コンクリートの構造体が予想以上に頑強であって、当時の文部省の改築基準をクリア出来なかったこともあり、具体化されませんでした。
こうした中、平成19年12月定例議会の庭野雅弘議員の質問で「十日町小学校の全面改築は、平成20年度に耐力度調査を実施し、その結果に基づいて基本設計と実施設計を行い、平成22年度の着工を予定している」との市長答弁がなされました。
昨年実施された耐力度調査結果では、改築基準をクリアすることが明らかになったわけですが、その後の設計に入ることができず、現在に至っております。
その原因は、平成14年4月に、同校の空き教室を利用して開校した「県立小出養護学校ふれあいの丘分校を併設して十日町小学校の新校舎を建てて欲しい」とする、同小・同分校関係者と県・市との間でコンセンサスが得られなかったからです。
ふれあいの丘分校は、普通の小学校と養護学校が、一つ屋根の下で、共に学び合う姿が実現した県下で初めてのケースでした。
では何故こうした、新しい教育の形が十日町小学校に実現したのでしょうか。
調べてみると、十日町小学校の改築運動の一環として、その構想が生まれたことが分かり、当地域初の養護学校は、県の発案というより、十日町小学校の運動が県を動かして実現したものと言えます。
《以下、十小、ふれあいの丘と略称で述べます》
平成6年に市議会への請願が採択された後、先ほど述べた諸事情から早急な改築は難しいと考えた十小PTAの皆さんは、そこで政治運動を展開せず、学校を建てる、いわゆる学校を作るとはどういう意味かを考える「新しい学校づくり」に踏み出したのでした。
いわゆる校舎建設がハードなら、ソフトの学校づくり、学校の中身についての学習を開始し、保護者だけでなく、先生方もその仲間に入り、共に考え出して行ったのです。
注目したいのは、さらに児童や地域にもその輪を広げ、児童はどんな学校を望んでいるのか、そして先生、地域はどうかと、ワークショップという手法を取り入れ、大きな輪を作って学校をづくりが始まりました。
当時のPTAがまとめた冊子には「学校は地域の拠り所である。これまでのマッチ箱のような建物ではなく、そこで生活する先生や、児童の思いが込められたものでありたい。豪華なものを望むのではない。個人が家を建てる時、みんなが額を寄せ合い、使い勝手の良い、機能的で暖かい雰囲気の家を建てるように、学校もそんな思いでできないものか」と綴られていました。
この冊子がまとめられたのは1995年、もうすぐ20世紀が終わろうとしている頃です。「20世紀を集大成する最後の学校ではなく、新しい時代を展望する21世紀の最初の学校をつくりたい」とも書かれています。
以来、十小PTAの皆さんは「夢の学校」を合い言葉に、毎年「学校づくりとは」と問い続けてきました。
この取組は、県内はもとより全国でも高い評価を受け、平成10年に全国PTA連合会・会長賞を受賞、さらに2年後の平成12年に、文部大臣表彰を受賞たことはご案内のとおりでございます。
この短期間における2度の受賞から、教育界で、いかに十小PTAの皆さんの取組が高く評価されたかが分かります。
最大のポイントは、学校づくり運動を通して、保護者自身が学び合い、相互の関係を深め合って、学校を全面的に支援したり、教育活動に積極的に参画したりする雰囲気を醸成したことにあると思います。
当時設立された人材バンクやいろいろな教育ボランティア、十日町ならではの着物や染色サークル活動などが、今も受け継がれており、ハード面は先になっても、まずはソフト面で夢の学校を作ろうとの活動が見てとれます。
そんな活動の転機とされるのが、当時、特別支援学級に在籍していた保護者や、重い障がいのある子供さんをもつ保護者の皆さんの声でした。
「十日町圏域には養護学校がない。小出養護学校まで毎日、片道1時間かけて送り迎えしている親がいる。中には通学もままならず、週2~3回の訪問指導のみを受けている子供もいる。
地元に養護学校がほしい・・・」というのです。
十小の「本当の意味での夢の学校づくり」はここから始まったものと思っています。
この願いは十小に通う保護者だけの願いではありません。
十小PTAの皆さんは、自分たちの学校づくりの中で、地域全体の願いを受け止めることが、建設時期に該当した学校の責任だとして、地域全体の障がい者の願いを十小の中で実現しようと動き出しました。
「養護学校を地元へ。できれば十小と併設で、同年代の子供たちが日常的に交流し合い、学び合える夢の学校を」という大きな夢を描いた十小PTAの皆さんは、まず周辺の養護学校を視察、大挙して訪れた十小PTAの思いを聞いた、いくつかの養護学校の校長先生が「そんな学校が出来たらいいですね」と共感してくださり「私も全面的に応援したい」と語ってくれたそうです。
当時の教育委員、教育長、教育委員会事務局などの皆さんと、十小PTAと一緒に、全国で最初に県立養護学校の分校として、空き教室を利用する方式で運営されていた伊豆の小学校の県外視察にも出かけています。
そして市教委と共催した学習会も何回か開催されたと聞いています。
以来、市教育委員会が十小PTAと一緒になって県へ働き掛けましたが、最初はとりつく島もない状態だったそうであります。
当時の県教委の見解は「県内養護学校の小学部・中学部の配置は終わった」というものでした。
その後、数年に渡って、市当局や市教委の粘り強い県への働き掛け、保護者による署名活動や県への陳情、地元県議会議員の力強い御支援等をいただく中で、一歩一歩実現の路を切り開いていったのです。
こうした熱い思いと、「健常児と障がいのある子供との共生教育を実現するという理念に基づく、夢の学校づくりの願い」が県教委にも伝わることとなり、最終的に「養護学校の空白地域である十日町地域と糸魚川地域へ、早急に養護学校の分校を設置する。小学校の空き教室を利用した新しいスタイルで」という県の方針が打ち出され、平成14年4月、ついにふれあいの丘分校開設が実現しました。
開設が本決まりとなった時、尽力された当時の市教育長が述べた「障がいのある子供さんやその保護者の多様なニーズに応じるよう選択肢を拡大させること。障がいのある子を地域の子と共に成長させること。将来的に圏域の障がい児教育のセンター的役割を担える核にしたい。」という考え方は、現在求められている特別支援教育そのものであり、先見性に満ちたものでありました。
開校式には、何と副知事と県教育長が揃って臨席したとお聞きしていますし、県下の教育事務所会議で県教育長は「十日町小学校を見に行きなさい。理想の姿がある」と指示したそうであります。
校歌は十小PTAが作詞作曲し、校章も考えました。運動会や文化祭などの行事は一緒であり、児童の交流学習は学校のカリキュラムの中に組み入れられて推進されています。
十小には、2つの学校名が掲げられましたが、何よりも驚きは、開校と同時に十小PTAが、ふれあいの丘分校のPTAを併合してひとつのPTA組織に機関決定したことです。
これは県や市が指導したものではありません。全国で唯一、普通学校と養護学校が手をつないだ、一つのPTAが誕生し、存在しているのです。
開校から8年目を迎えた今では、子供も保護者も、入学した時からみんな一緒であり、そのことが当たり前の、もはや切り離せない深い関係を築き上げ、大きな成果をあげています。
一方で、高等部の設置については、紆余曲折がありました。ふれあいの丘が開設される時から「高等部もお願いしたい」という要望は強くありましたが、諸事情から簡単にはいかなかったようです。
しかし関係の皆さんや十小PTAの皆さんは、今すぐに出来なくても、小・中学部が出来れば、それが足がかりとなり将来必ず高等部が設置されるはず、という強い思いを抱き続け、活動して来たのでした。
そして、関係の皆さんの長年のご尽力で、昨年4月からふれあいの丘に、重複障がいの高等部が1学級開設されましたし、今年は重複が2学級、知的の普通が1学級開設されています。
ただ、県教委の方針により、来年4月からは、「高等部は全て県立川西高校へ移転する」ことが決定しています。
これまで「高等部も地元へ」と運動してきた地域の親の会の事務局は、ふれあいの丘の保護者が務めてきました。
その保護者の思いは、本当は十小に高等部を作ってほしいというものでした。
しかし高等部は、一般中学校の特別支援学級で学んだ子供たちが多く入学してきます。
そうした皆さんとの意見交換を重ねる中で、十小がこれまで目指した「同年代の子供同士の共生教育を大事にしたい」という観点から、川西高校との併設に同意をしたと聞いております。
私も、川西高校の生徒と養護学校の生徒とが交流を深め、共に学び合う特色ある学校を目指してくれるものと期待しておるところであり、以上が十小の改築問題とふれあいの丘分校との併設の概要です。
・・・さて説明が長きにわたりましたが、この前提無くして、十小とふれあいの丘との問題は語れないということを、ここで私もとより、答弁者である関口市長、教育委員会、この議場におられる皆様方、そしてインターネットや、ラジオの中継をお聞きの全ての皆さんと確認しておきたかったのです。
それでは本題の改築問題に入ります。
十小PTAの皆さんが県に分校誘致を要望した当時、新しく校舎を建て替える時は、空き教室利用ではなく、一緒の建物の中で学び合う環境をと考えていました。
市当局や市教委の考えも同様であったと認識しております。しかしながら、歴代教育長や市当局からも、精力的に県へ働き掛けていただきましたが「全国でも例のない、県立と市立が同居する建物を、県と市が垣根を越えて建設すること」は、極めて困難な現状にあると言わざるを得ません。
県の特別支援教育はここ数年大きく変化し、養護学校高等部の新設や増設を精力的に進めています。
予算の多くをそれが占めるようになり、「市と県で一緒に改築を」という願いには応えられない。「十小とふれあいの丘の両校で取り組んできた教育の素晴らしさは十分理解しているが、(県の現状では)一緒に改築することはできない。」というのが昨年来からの県の一貫した姿勢であるようです。
そして県は「養護学校はあくまで県の責任で」と言われるならば「小学部と中学部も、県立川西高校へ移転する」ことを示唆しています。
これは「小・中・高を一貫に」という言い方になりますが、共生教育以前の、従来型の養護学校の姿そのもので、今後の障がい児教育の姿であろう共生教育が後退して良いはずはないと思います。
十小、ふれあいの丘・両校のPTAの皆さんは、こうした突然の状況の変化に戸惑いと、強い危機感を抱き、昨年11月に臨時PTA総会を開催し「全会一致で両校の併設維持を」決議しました。
この決議を受けて、再度市長陳情を行い、さらに市教委や市当局と一緒に県教委への陳情を続けてきたのです。
しかしながら、局面の打開は図られずコンセンサスは得られていません。
ふれあいの丘分校のお母さん方が、是非十小と一緒の学校を作ってほしいと市長に宛てた手紙がありました。
この手紙の主のAさんの子供は、障がいが重く、鼻から栄養チューブで食事をとるほどで、小出養護の訪問教育を受けざるを得ませんでした。(では少し読んでみたいと思います)。
「ふれあいの丘分校が十小に出来なかったら、我が子は誰にも知られず、家庭の中で一生を終えていたかも知れません。今は歩行器を使って教室を飛び回り、十小の同世代の子供たちとふれ合い、学校中を思う存分に駆け回っています。沢山の人たちに覚えてもらい「僕はここに居るんだよ」と知ってもらえ、何よりも嬉しく思います。また十小の保護者からは、障がいのある子供たちが身近に居ることで、自分の子供が、思いやりの心を持つ優しい子になったと度々聞いて、障がいのある子供でも
役に立てることがあるんだなと感激し、涙が出てしまいました。どうか素晴らしい関係にあるふれあいの丘分校と十日町小学校が今まで通り併設出来るようお願いいたします。」
もう一通、Bさんからは「自由に動くことが出来ない子、思いを表現することが困難な子供たちにとっては、同世代の健常児が元気に走り回り、歓声をあげながら遊んでいる様子を見るのは、本当にうれしいことなのです。そんな環境が今のふれあいの丘分校にあります。どうかこの子達からこんな素晴らしい環境を取り上げないで下さい。障がいのある子も、障がいのない子も、共に学び合う学校、ステキだと思いませんか。こんな素晴らしい財産を『予算がない』というだけで切り捨てないで下
さい」
・・・と綴っています。
私は、子供の心を代弁する保護者からのこの手紙を涙無くしては読めませんでした。
関口市長は選挙中、そして就任後も、恵まれない人達に暖かい政治をと訴えられています。
そんな熱い心の市長さんなら、十小の共生教育が生まれた経過、そしてそこで育まれている子供たちや親の思いを汲み上げていただけると確信いたしております。
タイムリミットが近づく中、十小PTAは、併設維持を実現する可能性を求めて、当初の県立のままでの併設を方針転換し、「ふれあいの丘分校の小学部と中学部を市立養護学校に切り替え、現在のように十日町小学校と併設する養護学校として両校を全面改築出来ないか」と7月に市長に要望しました。
私を含む学区の議員も立ち会ったのですが、両校だけでなく郡市PTA連合会の連名であることは重要な意味があります。
7月から5ヶ月、市長もこの問題で精力的に対応してきたと思いますが、市立養護学校という新しい枠組みによる共生教育の実現要望に対して、市長の見解をお願いして、1回目の質問を
終わります。
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